名レスラー・ジャンボ鶴田の命日前夜 5月12日、プロレス界のレジェンド対談が実現した。
「鶴龍コンビ」として最高の対決をみせた天龍源一郎さん、ライバルと言われながら最後までジャンボ鶴田と対戦することがなかった藤波辰爾さん、そしてジャンボ鶴田を追い続けてきた元『週刊ゴング』編集長・小佐野景浩さん。
それぞれが感じたジャンボ鶴田の強さと忘れがたい思い出、同時代を駆け抜けた【鶴田、天龍、藤波、長州】という時代の熱、“永遠の夢カード” 「鶴田vs藤波」 がもし実現していたらなど、「ジャンボ鶴田」という稀代のレスラーを語り尽くします。
今だからこそ明かせる本音と記憶が満載。特別な三人にしか語れないスペシャルトーク82分。ぜひお楽しみください!
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INDEX
視聴時間:約1時間22分
・天龍源一郎にとってジャンボ鶴田とは?
・鶴田の日本デビューを生観戦していた藤波辰爾
・新日本プロレスの道場にジャンボ鶴田!
・鶴龍コンビ「パートナーとしてのジャンボ鶴田」
・鶴田&藤波「夢のタッグ」
・ジャンボ鶴田の人柄
・あの頃のプロレス
・藤波辰爾VS長州力「日本人対決」
・天龍源一郎VS長州力
・「実現しなかった対戦」長州力が藤波辰爾が語った一言
・鶴龍対決
・二人が語る「俺たちの時代」
・鶴田から藤波へ「アメリカからの電話」
・鶴田から天龍へ「最期の電話」
・ジャンボ鶴田は最強だったのか?
・Q&Aコーナー
出演者プロフィール
特別ゲスト 藤波辰爾
1970年に日本プロレスへ入門し、翌71年にデビュー。新日本プロレス旗創成期から主力として活躍し、カール・ゴッチに師事して実力を磨き、WWWFジュニア・ヘビー級王座を獲得。ヘビー級転向後は長州力との名勝負で一時代を築き、団体のエースとして人気と実力を確立。社長も務めたのち独立し、現『ドラディション』を旗揚げ、2015年にはWWE殿堂入りも果たす。70歳を超えてなお現役を続け、2025年にはザック・セイバーJr.と対戦し、今年2026年はデビュー55周年を迎える。
特別ゲスト 天龍源一郎
1963年に二所ノ関部屋へ入門し幕内で活躍、最高位は西前頭筆頭。76年に廃業後、全日本プロレスへ転向。80年代後半に“天龍革命”を起こし、3年連続でプロレス大賞MVPを受賞。90年にSWS移籍、92年にWAR設立などを経て、2010年に天龍プロジェクトを旗揚げ。15年に引退し、三冠王座など多数戴冠。馬場、猪木から勝利した唯一の日本人として知られ、年間ベストバウトは最多タイの9回を記録。長年にわたる体の酷使で現在は車いす生活を送っているが、「革命魂」「反骨精神」など信念を伝え続けている。
登壇者 小佐野景浩
元『週刊ゴング』編集長
1961年横浜市生まれ。高校時代に新日本プロレスのファンクラブを結成し、全国組織の初代会長も務める。中央大学在学中から『月刊ゴング』で取材に携わり、84年『週刊ゴング』創刊後は各団体を担当、94年に編集長就任。04年に独立し事務所を設立、フリーとして執筆や解説で活躍。06年からプロレス大賞選考委員を務め、著書も多数発表している。
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