アート鑑賞をもっと楽しみたい方、独学から一歩踏み出して「本物の知性」に触れてみたい方へ。

NHK『3か月でマスターする西洋美術』でも話題の田中久美子教授(文星芸術大学)が、普段美大の講義で伝えている最先端の西洋美術史をわかりやすく体系化してお届けするコンテンツです。

ラスコーの洞窟壁画や古代ギリシャ彫刻から、ルネサンスの三巨匠、そして20世紀の現代美術まで——。 単に作品を鑑賞するだけでなく、当時の文化・社会・時代の「網目」をひもときながら多層的に徹底解説。誰もが知る名画の隠された文脈や、美術史を語る上で欠かせない重要作品の魅力を余すことなく紐解きます。

一度学んだ方の「学び直し」はもちろん、次の美術館めぐりが何倍もワクワクするものに変わるでしょう。

 

*第1章「古代」は、全10回でお届けします
 古代美術の歴史は、人類が祈りを込めて動物を描いた洞窟壁画に始まり、死後の永遠を求めたエジプト美術、理想の人体を追究したギリシャ美術、巨大帝国ローマが築いた建築と都市、そして信仰を形にした初期キリスト教美術へと大きく進化していきました。
 彫刻や絵画、建築などの代表作を鑑賞するだけでなく、時代背景や宗教、思想とともに古代美術を読み解き、西洋美術の礎がどのように築かれたのかを探っていきます。

 

《ナルメルのパレット》紀元前3100年頃 石板 カイロ、エジプト考古学博物館

3000年にわたり変化しなかった美術様式

 前回紹介したエーゲ海文明とともに古代ギリシャ美術に影響を与えたのが、紀元前3100年頃〜前332年頃にナイル川流域で栄えた、エジプト文明の美術でした。エジプトの歴史はファラオ(王)の権力と深く結びついており、支配者の王朝で以下のように区分されています。

・初代王朝時代(第1〜2王朝 紀元前3100年頃〜前2686年頃)
・古王国時代(第3〜6王朝 紀元前2686年〜前2181年頃)
・第1中間期(紀元前2181年〜前2055年頃)
・中王国時代(第11〜12王朝 紀元前2055年〜前1650年頃)
・第2中間期(紀元前1650年〜前1550年頃)
・新王国時代(第18〜20王朝 紀元前1550年〜前1069年頃)
・第3中間期・末期王朝時代(第21〜31王朝 紀元前1069年〜前332年頃)
※プトレマイオス朝時代(紀元前305年頃〜前30年頃)ギリシャ系マケドニア人による最後の王朝

 紀元前3100年頃にナイル上流(上エジプト)のナルメル王(メネス王とも)が、下流(下エジプト)を征服し、上下エジプトを統一して誕生したのが、第1王朝です。この時代の美術の代表作は《ナルメルのパレット》でしょう。紀元前3100年頃に作られた、上下エジプトの統一を記念する石板です。王の功績や権威、永続性を1枚の石板で表現しています。

 エジプト学者の間では「世界最古級の歴史記録」と評価されており、現在はカイロのエジプト考古学博物館に収蔵されています。古代エジプトでは、強い日差しや虫から目を守るために目の周りに黒や緑の化粧をしていました。その顔料をすり潰すための道具が「パレット」です。しかし、高さが約64cmもあるこのパレットは、神殿に奉納するための儀式もしくは記念碑として作られたと考えられています。

 表面には上エジプトの白い王冠を被ったナルメル王が、敵を棍棒で打ち据える姿が描かれ、右上には王を守るハヤブサの姿をした「ホルス神」がいます。裏面はナルメル王が下エジプトの赤い王冠を被って、勝利の行列を率いる姿が描かれ、ナルメル王が上下エジプトを支配した証拠が、巧みなレリーフ(浮彫)で表現されています。

 注目していただきたいのが、エジプト美術の「基本ルール」である「階層遠近法」と「正面性の法則」がこのパレットに詰め込まれている点です。王の姿はほかの人物や敵より圧倒的に大きく描かれ(階層遠近法)ています。そして顔は横向きなのに目は正面から見た目として描かれ、肩と胸は真正面を向いています(正面性の法則)が、腰と足は歩いている方向を示すため、横を向いています。ファラオ(王)の権威や永続性を表すため、「階層遠近法」と「正面性の法則」は厳格に守られ、約3000年間にわたり受け継がれます。また、パレットの最上部にはナマズと鑿(のみ)を組み合わせて王の名前を表した最古級のヒエログリフも刻まれています。

 

古代ギリシャに受け継がれた人体像と壁画

 続く古王国時代は、ギザの三大ピラミッドが造られた時代です。古王国時代の第4王朝に作られたのが、《メンカウラー像》です。古代エジプト第4王朝のファラオであるメンカウラー王の彫像群で、王妃と並んで立つ二体像や、神々と並ぶトリアード(三体像)が有名です。

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