グラフは「数字/データ」をわかりやすく示したものだ。それがあるだけで視覚的にパッと理解をすることができる。

 だけど……それがゆえに、わたしたちを混乱させることがある。

 例えば、「数字/データ」を恣意的に取る結論ありきで作られたグラフ。慣例どおりに作られることで実態を反映しない「数字/データ」の姿を映してしまう。あるいは、なんでもグラフ化しようとして、その「数字/データ」がまったく現実味がないものになってしまう、なんてことも起きている。

 そのグラフが示す「数字/データ」ってどんな裏側があるの?

 本企画は、「数字/データ」の裏側を探り、わたしたちにとって「身近なグラフ」を作っていく。(その過程を余すことなくご紹介していくものである。)

(執筆:曽我部 健)

#0 診療報酬「0.43%」~現実味のない数字~

 

 その数字が、自分たちにとってどんな意味があるのかわからない。ニュースがあふれる中で、そう感じる人も多いと思います。

 例えば、年末年始にかけて連日報道されていた「診療報酬の改定」。繰り返される「引き上げ幅0.43%」という数字にピンとこない、むしろ「自分には関係ない」と思った人が多かったのではないでしょうか。

 では「診療報酬0.43%引き上げ」は本当にわたしたちの生活に影響がない話だったのでしょうか? 

 コロナ禍以降、医療に対する人々の関心が高まり、テレビなどで医療関係のニュースに触れる機会が増えている。

 それでも「診療報酬の『本体』部分は0.43%の引き上げ」がどのような意味をもつのか、多くの人にはよくわからない。「0.43%の引き上げ」で何が変わるのか? そもそも診療報酬とはどのような制度で、いったい何を議論しているのか? 

 今回は、長年医療の現場を取材してきた「日経メディカル」の江本哲朗副編集長にインタビュー。第1回は入門編として「診療報酬改定って何?」をお届けする。

写真:yuoak

そもそも「診療報酬の改定」とは?

──多くの人にとって「診療報酬」というのは聞き慣れない言葉だと思います。「診療報酬」とは、いったいなんでしょうか。

 簡単に言えば、医療機関が患者に提供した「医療サービスの対価」のことです。診察や治療、薬の処方といった診療行為一つひとつに点数を定め、1点10円でその価格も決められています。

 ただし、医療には保険診療と自由診療があって、対象となるのは、あくまで保険診療のみ。たとえば、自由診療の美容整形などの場合、病院側の経営努力で価格を変動することが可能です。

──つまり、診療報酬は保険診療の価格を決めているものなんですね。

 そうですね。診療行為一つひとつの「価格表」であり、保険診療の範囲や中身を定めた「品目表」とも言えるでしょう。

 

 命を差別しないことを目的に決められた制度だと思いますが、医療制度は国によっても大きく異なる部分です。たとえば、以前のアメリカには公的な医療保険制度がなく、治療費の窓口負担が10割の「自由診療」を採用していました。そのため、貧困層の多くが無保険で、治療費が支払えず病院に行けない人がたくさんいたと言われています。

 そこでオバマ政権が導入したのが、政府が補助する新しい医療保険制度「オバマケア(※)」でした。

 ※米国のオバマ前大統領が推進した医療保険制度改革法。医療保険に加入していない無保険者の増加に歯止めをかけ、全ての米国民が十分な医療サービスを受けられる国民皆保険を目指して制定された。低所得者には補助金を支給し、未加入者には罰金を義務付けている。2010年に法案が成立し14年1月から適用が開始されたが反発も強く、保険料の上昇など問題点も指摘されている。
写真:Christopher Furlong / スタッフ

──その点、日本には国民皆保険制度があります。

 日本では病気や怪我で医療機関にかかる場合、3割の窓口負担(70歳未満)で誰でも等しく医療サービスを受けることができます。なぜ3割の負担で済むのかと言うと、健康保険や国民健康保険といったそれぞれの人が加入する保険組合と、国や地方が残り7割を負担しているから。これが「保険診療」です。

 もっとも、すべての医療サービスに保険が適用されると、国の社会保障費や保険組合の負担が増え続け、皆保険制度が成り立たなくなってしまう。

 だから、保険診療を適用する治療方法や処方する薬、その価格について細かい規定を設けているのです。

 この保険診療の価格や品目を見直すのが「診療報酬の改定」です。

「本体部分はプラス0.43%」がもつ意味

──今回の改定では「『本体』は0.43%の引き上げ」という報道をよく見ます。「プラス0.43%」という数字が注目されているわけですが、この数字はどう考えればいいのですか。

 診療報酬には、医師や看護師など医療スタッフの人件費にあたる「本体」部分と、医薬品や医療機器などの価格にあたる「薬価」部分の2つがあります。

 「本体」は人や技術・サービスへの評価、「薬価」はモノの価格と考えれば良いでしょう。

 このうち薬価は市場動向やこれまでの販売実績など、データに応じてある程度自動的に決まります。一方、本体は、おもに診療報酬を引き上げたい側(=病院団体、日本医師会など)と、医療費の伸びを抑えたい側(=財務省、保険組合など)との交渉で決まります。

 そうやって政治決着が図られた結果が「0.43%」という数字と言えます。

──政治決着の落とし所が本体のプラス0.43%だった?

 じつは、本体の「プラス0.43%」という数字自体にそれほど大きな意味はありません。今回の診療報酬改定では、本体部分は0.43%引き上げられましたが、薬価部分は1.37%の引き下げとなり、全体としては0.94%のマイナス改定でした。

 それではなぜ本体の「プラス0.43%」ばかりがニュースになっているのかというと、それが「新型コロナウイルスの感染拡大で深刻な人手不足に陥っている医療現場に政府が手厚く手当した」という印象を与えたからではないでしょうか。

 いまニュースは医療やコロナ関連一色で、医療現場で起きている出来事は国民の関心が高い。だから医療スタッフの人件費である本体のプラス改定が注目を集めているのだと思います。

写真:Yuichi Yamazaki / 特派員

──たしかにコロナ禍では看護師不足が深刻な問題になっています。岸田首相も看護師の給与引き上げを打ち出していました。

 本体のプラス0.43%のうち、0.2%は今年10月からの看護師などの給与引き上げに使われます。いま日本の医療費が約45兆円ですから、その0.2%ということは、約900億円です。

 この900億円は看護師全員に分配されるわけではなく、実際には新型コロナにきちんと対応している病院の看護師といった条件がつきます。とはいえ、この900億円という数字がどれほどインパクトをもつか。それが今回の改定ポイントのひとつです。

【次回に続く・・・・診療報酬から読み解く、医療の課題と未来】