今年はW杯イヤーです。

日本が初めてW杯出場したのは、1998年フランス大会まで遡ります。

あれから四半世紀以上の時間を経て、W杯優勝を目指す位置へ成長したわけですが、1997年にW杯初出場を決めた”瞬間”は今でも脳裏に焼きついています。

当時、私は大学4年生。就職活動の最中、日本代表がアジア最終予選で繰り広げていた「死闘」を見て一念発起します。

「サッカーメディアで働きたい!」

そして高校時代にもらった「一枚の名刺」を押入れの中から引っ張り出します。

名刺の主は「サッカーダイジェスト編集部 金子達仁」ーー。勇気を振り絞り、編集部に電話をかけたのです。

しかし、当の本人はすでに昨年退社していました…。そこで私は学生の身分ながら、人生最大の「嘘」をつきます。

「すみませんが、急用なので携帯電話を教えてもらえますか?」

今なら「個人情報保護法」で教えていただくことはできなかったでしょうが、サッカーに携わる人たちは皆さん良い人ばかりです。

すでに金子さんは『28年目のハーフタイム』などが爆発的にヒットし、スポーツライターとして大活躍中。お会いしてもらえるか恐る恐る電話したのですが、見事5年ぶりの再会を果たしたのです。

金子さんの”鶴の一声”でサッカー専門誌『週刊サッカーダイジェスト』にアルバイトとして入社。翌週から早速、週6勤務がスタート。初日から「写真を2時間以内に現像してこい!」「記者会見に出て取材してきて!」…サッカーでいうところの練習生の私でさえ忙殺される日々。サッカーのピッチ同様、まさに編集部も毎日が活気に満ち溢れていました。

そんなサッカーメディアの端くれとして、日本代表のW杯初出場を見届けることができたのは今になっては忘れられない思い出ですが、日本をW杯初出場に導いく歴史的ゴールを決めた岡野雅行さんは、日本サッカーファンにとって”神様”と言える存在です!

日本中を熱狂の渦に巻き込んだ伝説のゴールは1997年11月16日、マレーシア・ジョホールバル。

アジア第3代表決定戦・イランとのまさに一発勝負の大一番でした。試合は前後半終了して2ー2。得点が決まった時点で試合終了となる「ゴールデンゴール方式」の延長戦に突入…。そこで岡田武史監督がピッチに送り出されたのは、“野人”岡野雅行さん。

最終予選でそれまで一度も出場機会を与えていなかった選手をこの場面で投入する岡田監督の”勝負眼”も驚きでしたが、その指揮官に応えてVゴールを決めてみせる岡野さんの勝負根性にもあっぱれとしか言いようがありません。

というわけで、日本のサッカー史上最も伝説的な瞬間を作り出した岡野選手が、このたび1月30日、新しく書籍を出したのでご紹介します!

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『野人、ネクタイを締める』(竹書房)

 

 



2013年の現役引退後は10年以上にわたってガイナーレ鳥取のGMを務め、2025年からは南葛SCの事業本部長、古巣である浦和レッズのブランドアンバサダーとして活動されています。

日本サッカー界の”ヒーロー”がなぜサッカービジネスに関わることになったのか。地方クラブでの奮闘や、浦和レッズというビッグクラブ、南葛SCという新興クラブに携わる現在の「思い」を知ることができます。

岡野さんからのメッセージはこちら👇

「自分の現役引退後の十数年が一冊の本になりました。これまでの歩みや、僕に関わってくれた方々のインタビューを通して、皆さんの知らない“野人”が詰まった内容になっていると思います。

まだまだ道半ばですが、これからも変わらず全力で走り続けていきます。今後の岡野雅行にも、ぜひご期待ください!」

2月8日(日)には、出版記念サイン会が開催されるそうです。

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【2月8日(日)開催】岡野雅行氏 出版記念サイン会

先着200冊限定(おひとり2冊まで)ですので、ぜひ早めのご予約を!