森保一監督が「欧州基準の日常を植え付けた」と評される一方、歴代監督たちの貢献度はいかほどか。サッカーライターのミムラユウスケ氏が、1992年のオフト監督から現在の森保監督まで、AからEの5段階で鋭く採点。結果と過程、そして日本に初めて何かをもたらしたかどうかを軸に、忌憚のない評価が展開された。果たして森保監督の評価は?
ミムラユウスケ「森保ジャパンW杯観戦術」
【動画10】歴代監督ランキング〜森保監督がチームにもたらしたもの
【INDEX】
・森保監督がチームにもたらしているもの
・歴代監督の貢献度ランキング
動画時間(16分04分)
「所属クラブのレベルを上げることが一番」という価値観
――まず、現在の森保監督がチームにもたらしたものは何だとお考えですか。
ミムラユウスケ:一つはっきりしていることがあります。日常の所属するクラブのレベルを上げることが、日本代表のトータルな底上げに一番つながるという価値観を提示したことです。今の現状では、所属クラブを上げることが一番だよ、ということを選手たちに示したのが、森保監督の大きな貢献だと思っています。
――チーム内に競争を生んでいるということですか。
ミムラユウスケ:競争というよりも、みんなに「ヨーロッパ基準でやりましょう」ということです。世界基準になる日常を持ちなさいということを植え付けたわけです。具体的には、代表での貢献度が必ずしも高くなくても、所属クラブでコンスタントに試合に出ていれば使うという、シンプルな価値観を持っている。だからこそ、みんなが少しでも高いレベルでやろうという空気になったんじゃないかと思います。
オフトはB、初のW杯出場を果たした岡田(第1次)はA
――では、歴代監督の貢献度について評価をお願いします。まずハンス・オフト監督(1992〜1993年)から。
ミムラユウスケ:オフトさんはBですね。日本代表がワールドカップ出場を本気で目指せる環境まで持っていったことが評価の根拠です。
――続いて岡田武史監督(第1次、1997〜1998年)はいかがですか。
ミムラユウスケ:岡田さんはAです。日本代表を初めてワールドカップに連れていったことで、経済効果も3桁億円に達したかもしれないくらい大きかった。1997年11月16日に出場権を決めてから、その後の7か月ほどは、本当にさまざまな場所で露出があって、あれはすごかった。やはりAです。
――トルシエ監督(1998〜2002年)は。
ミムラユウスケ:トルシエさんはBですね。若い選手たちをどんどん引き上げたことが大きかった。当時のワールドユース(現U-20ワールドカップ)やオリンピックと兼任しながら、若い選手たちが世界で戦えるという未来の夢を一番作った一人だと思います。
「誰でもできる」ジーコはC、采配をぶらしたザッケローニもC
――ジーコ監督(2002〜2006年)についてはどうでしょう。
ミムラユウスケ:ジーコさんはCですね。みんなが希望を抱いたのは、おそらく初戦の直前くらいまでだったかもしれないくらいで。小野伸二さん、中田英寿さん、中村俊輔さん、稲本潤一さんを全員一緒に使うというのは、極端な話をすれば誰でもできる。一緒に使って機能させることが大事なわけで、そこがなかなかできなかった。そのあたりも含めると、貢献度はCかなという気がします。
――ザッケローニ監督(2010〜2014年)はいかがですか。
ミムラユウスケ:ザッケローニさんもCですね。就任してから2014年3月頃まではA評価をつけてもいいくらいだったと思っています。アジアカップでも優勝していますし、最終予選でも一度負けただけでした。ところが、本大会の直前から本大会中にかけて、彼自身のやり方をぶらしてしまった。本大会の采配だけで見ると、全監督の中で一番低い評価を与えてもいいくらいで、本大会に限ればEにしてもいいレベル。それ以前のAとEを合わせてCという感じです。
西野朗はA「日本代表の生き様で誇らしさを示した」、岡田(第2次)もB
――岡田武史監督(第2次、2007〜2010年)についてはいかがですか。
ミムラユウスケ:岡田さん、第2次はBにしましょう。本大会までの評価は低かったんですが、岡田さんの理想のサッカーから勝てるサッカーに切り替えて、2010年ワールドカップでベスト16まで行ったことで、日本サッカー界は大きな人気をつかんだと思います。あれは歴史的に見て、二度目くらいの日本代表ブームだったと思うので、それを招き寄せたということでBという評価です。
――では西野朗監督(2018年)はどうですか。
ミムラユウスケ:西野さんはAです。日本代表で戦うということはどういうことか、日本代表は日本人の誇りなんだということを、みんなに誇らしい形で示したという意味でAかなと。ベルギー戦の最後の采配については「どうするんだ」というところもありましたが、私がメディアとして日本代表を取材していて、一番誇らしいと思ったのは西野監督のチームでした。選手たちの気持ちがすごく強く表れていたし、ほんとうに一つになっていた。短期間でチームを束ねたという意味でも、Aです。
ハリルホジッチはE「JFAに外国人監督への苦手意識を植え付けた」
――途中解任組についても聞かせてください。加茂周監督(1994〜1997年)はいかがですか。
ミムラユウスケ:加茂さんはDですね。何をもたらしたかがちょっと分かりづらかった。予選でも危なっかしい場面があったし、ゾーンプレスの導入や中田英寿さんを起用したことなどは評価できますが、それでもDかなと。
――オシム監督(2006〜2007年)はどうですか。
ミムラ:オシムさんはCです。オシムさんがやっていたこと、采配はおもしろいと思っていて、そこに関してはA評価をあげたいくらいです。ただ、体調を崩して退任するという形になってしまい、しかもその後、退任が深刻化されすぎてしまった。多分、岡田さんの第2次が人気を得にくかった一因も、オシムさんと比べられたということがあったと思います。勝負強さという点では、アジアカップもベスト4で3位決定戦にも敗れていますし、Cですね。
――アギーレ監督(2014〜2015年)についてはいかがですか。
ミムラユウスケ:アギーレさんはCですね。選手たちが代表でプレーする喜びを感じていたという意味では、A評価に近いものがあります。例えば岡崎慎司さんが、あんなに楽しそうに練習するんだと思うくらい、アギーレさんのもとでは雰囲気が良かった。ある選手はインサイドハーフをやらされて、最初は戸惑ったけれどあんなにおもしろいポジションはなかったとも言っていました。空気作りはとても良かった。ただ、アジアカップもベスト8で敗退していますし、勝負強さという面で疑問が残るのでCです。
――ハリルホジッチ監督(2015〜2018年)はどう評価されますか。
ミムラ:ハリルホジッチさんはEです。彼とのコミュニケーションの難しさから、JFAに「外国人監督よりも日本人監督のほうが楽だよね」という空気を作ってしまったという意味でも、評価は下げざるを得ない。ただ、デュエルの大切さや縦の速さというものを日本に教えてくれた監督でもあります。それまでデュエルという概念があまり日本でフォーカスされてこなかった中で、それを示してくれた。Eの監督であるハリルホジッチさんからそういうことを学べるというのが、私がやはり外国人監督を招聘したほうがいい派である理由の一つでもあります。
「日本で初めて何かをもたらしたか」がAの条件
――森保監督の第1次政権(2018〜2022年)と第2次政権(2022年〜)についても総括をお願いします。...
