著作200冊超、累計100万部超。漫画家としてキャリアをスタートし、やがてティーン向け小説の第一人者へ。多くの読者の“人生の分岐点”に寄り添ってきた作家・折原みと氏。
空想から現実へ。机上の物語から、現場に足を運ぶ“取材型”の創作へ。
その転換の裏にあった気づきとは何か。そして今もなお行動し続けられる理由とは。
執筆スタイルの変遷から、創作の根幹を支える“人生の三大バイブル”、そして「本は扉である」という哲学まで。長きにわたる創作活動の核心を、じっくりと語っていただいた。
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「看護師になろうと思いました」読者の声が覚悟を変えた
――ティーン向けの小説を書き始めたきっかけを教えてください。
折原みと(以下、折原) 元々は漫画家としてのデビューが先だったんです。他の作家さんの挿絵を描かせていただいたことがきっかけで小説を書くようになりました。
その挿絵を手がけた作品がティーン向けで、読んだときに「私もこういうのを書きたい」と思ったんです。10代の頃に読むものって、すごく人生を左右しますよね。印象に残るし、将来の選択にまで影響する。だからすごくやりがいがあって、強い意義を感じられたんです。
――執筆のテーマはどのように変化してきましたか?
折原 テーマ自体は変わりません。ただ、書き方と向き合い方が変わりました。最初はコメディやふわふわしたファンタジー作品が多かったんです。それが、命をテーマにしたシリアスな作品『時の輝き』(講談社文庫)を初めて書いたとき、反響がそれまでとまったく違っていて。
「〇〇くんがかっこいいです」という感想が多かったのが、「これを読んで看護師になろうと思いました」という声をたくさんいただくようになったんです。
自分が書いたものによって、将来のことまで真剣に考えてくれる人がいる。そう気づいたとき、この仕事は生半可な気持ちでやってはいけないと強く感じました。それが最初の大きな転機でしたね。
「事実のほうがすごい」取材派に転身した理由
――執筆スタイルの変化についても聞かせてください。
折原 最初の頃は机の上だけで書くことが多かったんです。でも途中から取材を積極的にするようになって、頭の中だけで作ってはいけないんだなと思い始めました。
研修医を題材にした漫画『天使のいる場所 Dr.ぴよこの研修ノート』(講談社)を書いたとき、長野県立こども病院をモデルに、連載中ずっと通い続けました。途中からは実際にそこで出会った先生をモデルにするほどになっていて。
取材を通じて患者さんのお母さんたちとも仲良くなり、話してくださる言葉がそのまま使えるんです。私には絶対に思いつかないセリフや、発想できないエピソードばかり。
事実って、頭の中で作るものよりもすごい。そう実感してから、完全に取材派になりました。
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人生を変えた3冊の本
――折原先生の行動力の源泉はどこにあるのでしょうか?
折原 本に影響されてきたことが大きいと思います。自分の中に「三大バイブル」と呼べる本があって、それが行動力の源泉になっています。
1冊目は『星の王子様』(岩波書店)。小学校のときに読んで以来、ずっとバイブルです。「大切なものは目に見えない」という言葉が、子どもの頃からいつも心の中にあります。
2冊目が、SF小説『夏への扉』(ハヤカワ文庫SF)。不運な目に遭ってボロボロになった男性が、さまざまな手を使って大逆転するハッピーエンドの物語です。どんなにひどい目に遭ってもへこたれない主人公がすごく好きで。
最後の一節がお気に入りで、飼い猫がいつも寒いのが嫌いで夏が好きなんですけど、「彼はいつまでたっても、ドアというドアを試せば、必ずそのひとつは夏に通じるという確信を棄てようとはしないのだ。そしてもちろん、ぼくはピートの肩を持つ。」という締めの言葉。
私はいつもこれを思っていて、ダメだなと思うときがあっても、いくつもの扉を全部開けていったらどこか一つは夏へつながっていると信じているんです。
3冊目は絵本の『サンタクロースっているんでしょうか?』(偕成社)。これは、子どもの疑問にニューヨークの新聞社が社説で答えたものが絵本になっています。詩と愛とロマンスがあれば世の中は素敵に見える、というような言葉が、ずっと心に残っています。
本は「扉」新しい世界への入口として
――最後に、本についての考えを聞かせてください。
折原 私は本は扉だと思っています。以前出したエッセイのタイトルも『扉を開けて…』(ポプラ社)だったんですが、本は開けることで新しい世界に行くことができる、知らない世界、あるいは自分が持っていなかった知識を与えてくれる扉です。
これからも、そんな扉をたくさん作っていきたいですね。新しい扉を自分でも開け続けることが、創作の原動力になっているんだと思います。
1985 年、角川書店『ASUKA』で少女マンガ家デビュー。1987 年、ポプラ社刊『ときめき時代 つまさきだちの季節』で小説家デビュー。以来、マンガ、小説を多数出版。著作は 200 冊以上にのぼる。代表作『時の輝き』は 110 万部を超えるベストセラーとなり、映像化もされた。その他にも少女漫画から児童文学、エッセイまで多彩な創作活動を続けている。Instagram では「mito /60 代バツなしおひとりさま」では、自身の暮らしを発信し、注目を集める。

